ものを書く日々

ライターの若林理央(わかりお)です。書評・イベントレポ・スポット案内のブログ。エッセイ・コラムはnoteで更新中→note.mu/wakario

すぐ側にある奈落 〜山田詠美×中川淳一郎×嶋幸一郎「今の世の中に言いたいこと、ぶちまけます」に参加して

だいぶ前なので正確には覚えていないが、9.11が起きたとき、テレビで北野武さんが「死んだ人数ではなくて、その人たちにそれぞれ人生があったことを認識してほしい」というようなことを言っていた。

 

当時私は10代で、まわりに死を感じたことがなかった。

2歳で祖母を亡くしたときは、まだ物心がついていなかったし。

だけどその言葉は突き刺さった。

 

生まれてから30年以上。

ふと隣を見ると奈落だった、という体験を何度かした。

 

始まりは小学生の頃。

帰り道に見知らぬ若い男性に腕をつかまれ、「叫んだら殺すぞ」と言われたことがある。

 

男性にもためらいがあったのか、私は男性の手を振り払うことができ、住んでいたマンションのエレベーター前まで泣き叫びながら駆け抜けた。

あのとき、私はたしかに、自分のとなりに暗い奈落が広がっているのを感じた。

 

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次は昨日noteに書いた不登校時代だった。

 

note.mu

 

それから、婚約し上京までしたのに、相手の浮気が明らかになって婚約破棄したとき。

離婚直前、2ヶ月元夫と連絡が取れないまま病院に閉じ込められたときもそうだった。

 

考えると、奈落は近くにある、と感じる機会は多かった。

私は奈落に足を入れかけながら、脱した。

脱せなかった人を描いたのが、フィクションとノンフィクションの間を揺れ動くようなこの小説だったと思う。

 

 

つみびと (単行本)

つみびと (単行本)

 

 

 

イベントで詠美さんは語った。

この小説の主人公は、すぐ側に奈落があった。

子どもの頃から虐待を受け、その影響で心に深い数を残した彼女の母も子殺しになる可能性は充分あった。

 

だけど母は精神を病み、子どもの元から去ることで、奈落に落ちることからも逃げられた。

 

そして逃げなかった子どもは、子殺しになる。

たった一言をきっかけとして。

 

大阪二児餓死事件は記憶に新しい。

「フィクションでしか、子どもたちを閉じ込め、遊びに行き、子どもたちの死後も逃げ続けた母親の内面は切り取れない」と詠美さんは語った。

 

また、都心から少し離れた地方独特の、その世界から抜け出せない感覚も、実際に体験しなければわからない。

 

ようやく抜け出したとき、彼女を待っていたのは希望ではなく地獄だった。

 

血の繋がりではくくれない、不幸せの連鎖とすぐ側にある奈落が、これでもかと描かれている。

犯人を「人でなし」と断罪する人は多い。それほどの凄惨な事件を彼女は起こした。それは事実だ。

だけど、小説家は想像力を使って、事実からまた一歩踏み込んでいかないといけない、と山田詠美さんは語った。

 

詠美さんが実際の事件を基にした小説を書いた経緯がはっきりとし、詠美さんの「ひとの悲しみを描く」姿勢は、昔から変わっていないことに気づけたイベントだった。