映画と本と

フリーライターの若林理央です。ダ・ヴィンチニュースや好書好日で執筆中。小説や映画について語るブログです。エッセイ→note.mu/wakario Twitter→https://twitter.com/momojaponaise

もう二度と読み返せない傑作14編 『他人事』平山夢明

心身が痛めつけられるような描写に救いのない結末…好みがはっきりと分かれる短編集だ。

怖い小説が好きな人に限定して「この中でどれが好き?」と聞いたとしても、ばらばらの答えが返ってくるはず。

タイプの違う残酷な小説がひしめきあっている。

 

 

 

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『他人事』

表題作。タイトルどおりに物語が進んでいく。

事故に遭った男女と子供。子どもは序盤から瀕死の状態だ。そこへ通りかかる男。助けてもらえると思ったのもつかの間、話がまったく通じず状況は悪化していく。

サイコパスを描いたホラーかと思いきや、それ以上の絶望感が最後に用意されている。

きっと物語の終焉では、主人公の周囲は静まり返っているのだろう。

 

『倅解体』

ニートで恐らく犯罪者でもある息子をもった夫婦。夫の視点から物語は語られる。

序盤、数十年前の妻の難産を振り返る際の描写があまりにも生々しく、読者が出産経験のない女性や男性であれば、それだけで傷を残す。

心を休める間もなく話は進み、「あれ?異常なのは息子だけ?」という疑問は、終盤思いもしない方向で解明される。

体まで痛くなる、取り扱い注意の小説。

 

『たったひとくちで…』

最初の2作とは異なるテイスト。娘を誘拐された女性に誘拐犯は自分の悲しい過去を語り、あるものを食べさせる。

中盤でラストの予想がつくが目が離せない。「これで終わりでいいの?ほんとうに?」と作者に問いかけたくなる。勧善懲悪とは無縁の世界が、読者の目の前に広がる。

 

『おふくろと歯車』

青春もの。タイトルがどこに結びついていくのか、意識しながら読んで欲しい。

「家族は父親のサンドバックです」

そう公言する養父から凄惨な虐待を受けている少女と、母親が新興宗教にのめりこんでいる少年の逃避行。

少女が少年に投げかける一言に救いが見出せるような気がしつつも、その前の虐待描写のせいでその救いすら消えてしまう。子どもは親を選べない。

 

『仔猫と天然ガス

これまで読んだすべてのものの中で、後味が悪い小説ナンバーワンにランクインしてしまった。

身体障害を持ち、孤独さの中にもささやかな幸せを感じながら生きる40代女性に、理不尽極まりない不幸が襲い掛かる。

暴力描写がこれでもかとグロテスクに描かれると、その後に救いが待っているのかと反射的に思ってしまう。しかし救いは一切ない。暴力が終わった後は淡々と物語も幕を閉じる。

時間があって、心に余裕があるときしか読めないだろう。

 

『定年忌』

直前の短編が映画ファニーゲームのような内容だったので、その次の短編ぐらいは残酷な描写が和らいでいるかなと思ったが甘かった。

定年後の老人に何をしてもいい社会。年配の人がひどい仕打ちを受け続けるのは読んでいるほうも辛いだろう。最後の数行で、耐えられず吐き気を催すかも知れない。

それでも前作の衝撃は超えられなかった。どれだけえげつないんだ「仔猫と天然ガス

 

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『恐怖症召喚』

虐待を受けて育ち、暴力団絡みの仕事をしている男と、「恐怖症」という超能力をもった少女の話。この短編集の中で、唯一、小さな希望が見出せた小説だった。

とはいえグロテスクな暴力シーンはたくさんある。他の小説と同様にとても短いが、内容がまとまっていて、映画化できるとしたらこの小説だけかも知れない。R指定は確実。

 

『伝書箱』

猫が人の指をくわえてもってくる。若いヒロインが、ストーカーをしていた男のことを思い出しながらそれを見つめる。

得体の知れないものが確実に近くにあるのに、それが何かわからなくて、読者は主人公とともにどんどん追い詰められていく。ところが、最後の一文で世界はひっくりかえってしまった。

 

『しょっぱいBBQ』

少し変わってはいるが、純粋に幸せになることを願う家族が初めてのBBQをする。穏やかなひと時になるはずが、少女の遺体を見つけたことで、突如として家族は理不尽な恐怖に直面する。

これもファニーゲーム的展開になると思いきや、最後、「そんなのってあり…?」とげっそりするほど哀しい結末を迎える。

楽しい時間を過ごしたかっただけなのにね。

 

『れざれはおそろしい』

ひとりの教師のもとに一通の手紙が届く。そこには自殺をほのめかす内容が書かれていた。

業務日誌、議事録、メモ、手紙…さまざまなものを織り交ぜた形で最後まで展開し、暴力描写は一切ない。

何が待ち受けているのか、手紙を出したのは誰なのか…すべては無邪気にすら思える完全な「悪」の思うつぼだった。

 

『クレイジーハニー』

SFとブラックジョークとホラーが混在したような印象の小説。タッチがとても軽い。近未来を描いているようで不気味でもある。

 

ダーウィンとべとなむの西瓜』

近代アメリカが舞台…と思いきや、思わぬところで日本人も絡んできた。

会社をクビになるのを避けるため、死刑執行バイトを引き受けた貧しい主人公。家族を養っているがゆえのやむをえない判断で、悪人ではない。

悪人ではないからこそ、物語は悲劇になる。最悪の結末は「死」だけではない。

 

人間失格

自殺しようとしている女に、これまた人生に絶望している男が声をかけ、救いの手をさしのべるというベタな展開が、終盤になって突然暗転する。

タイトルを見て、納得した。

 

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『虎の肉球は消音器』

若いころから仲の良い三人の男たち。貧しくても、ささやかな幸せを感じられる人生を送る…はずだった。

いちばん成功したと思われていた男には道半ばで夢が潰え、人生のものがなしさを感じさせる雰囲気が物語を覆い始める。

もちろん、それだけではこの残酷な短編集を締めくくれない。苦労を乗り越え幸せの絶頂にあった男にも作者は容赦ない結末を用意している。

最後の二行の寂寥感が切なくも恐ろしい。タイトルが秀逸。

 

史上最悪の後味と呼ばれている、京極夏彦の『厭な小説』を間違いなく抜いた。もう二度と読み返せないだろう。