心身が痛めつけられるような描写に救いのない結末…好みがはっきりと分かれる短編集だ。
怖い小説が好きな人に限定して「この中でどれが好き?」と聞いたとしても、ばらばらの答えが返ってくるはず。
タイプの違う残酷な小説がひしめきあっている。
平山夢明『他人事』、グロテスクだし救いもないし、途中で何度も休憩を入れないと読破できなかった。でもそれだけ凄い小説なんだと思う。作者から登場人物への愛情とか憐憫とか、一切取り払った状態で書かれたんだろうな。二度と読み返せない小説ばかりで、平山夢明は天才だと実感した。#読了
— 若林理央(わかりお) (@momojaponaise) 2019年8月9日
『他人事』
表題作。タイトルどおりに物語が進んでいく。
事故に遭った男女と子供。子どもは序盤から瀕死の状態だ。そこへ通りかかる男。助けてもらえると思ったのもつかの間、話がまったく通じず状況は悪化していく。
サイコパスを描いたホラーかと思いきや、それ以上の絶望感が最後に用意されている。
きっと物語の終焉では、周囲は静まり返っているのだろう。
『倅解体』
ニートで恐らく犯罪者でもある息子をもった夫婦。夫の視点から物語は語られる。
序盤、数十年前の妻の難産を振り返る際の描写があまりにも生々しくて、出産経験のない私は思わず目を伏せた。
心を休める間もなく話は進み、「あれ?異常なのは息子だけ?」という疑問は、終盤思いもしない方向で解明される。
表題作に続き「なんだかこの短編集読んでいたら体まで痛くなりそう」と思ったのはこの小説を読み終えたときだった。
『たったひとくちで…』
最初の2作とは異なるテイスト。娘を誘拐された女性に誘拐犯は自分の悲しい過去を語り、あるものを食べさせる。
中盤でラストの予想がつくが目が離せない。「これで終わりでいいの?ほんとうに?」と作者に問いかけたくなる。勧善懲悪とは無縁の世界が目の前に広がる。
『おふくろと歯車』
タイトルからは想像もできない、とても辛い青春もの。
「家族は父親のサンドバックです」そう公言する養父から凄惨な虐待を受けている少女と、母親が新興宗教にのめりこんでいる少年の逃避行。
少女が少年に投げかける一言に救いが見出せるような気がしつつも、その前の虐待描写が女性として苦しすぎて、子どもは親を選べないという事実を痛感する。
『仔猫と天然ガス』
これまで読んだすべてのものの中で後味が悪い小説ナンバーワンにランクインしてしまった。
身体障害を持ち、孤独さの中にもささやかな幸せを感じながら生きる40代女性に、理不尽極まりない不幸が襲い掛かる。
暴力描写がこれでもかとグロテスクに描かれると、その後に救いが待っているのかと反射的に思ってしまうが、救いなんて一切ないまま、暴力が終わった後は淡々と物語も幕を閉じる。
精神的にもうだめだとギブアップした。読んだ後もう一度この短編集を開くまで、数日間をあけた。
『仔猫と天然ガス』『おふくろと歯車』は読者を再起不能にするレベルの威力でやつれました…仕事戻ろう。
— 若林理央(わかりお) (@momojaponaise) 2019年8月9日
『定年忌』
直前の短編がファニーゲームばりの内容だったので、その次の短編ぐらいは残酷な描写が和らいでいるかなと思ったが甘かった。
定年後の老人に何をしてもいい社会。年配の人がひどい仕打ちを受け続けるのは読んでいるほうも辛い。そして最後の数行、吐きそうになった。
それでも前作の衝撃は超えられなかった。どれだけえげつないんだ『仔猫と天然ガス』
『恐怖症召喚』
虐待を受けて育ち暴力団絡みの仕事をしている男と「恐怖症」という超能力をもった少女の話。この短編集の中で、唯一、小さな希望が見出せた小説だった。
とはいえグロテスクな暴力シーンはたくさんある。他の小説と同様にとても短いが内容がまとまっていて、映画化できるとしたらこの小説だけかも知れない。R指定は確実。
『伝書箱』
猫が人の指をくわえてもってくる。若いヒロインが、ストーカーをしていた男のことを思い出しながらそれを見つめる。
得体の知れないものが確実に近くにあるのにそれが何かわからなくて、主人公とともにどんどん追い詰められていく。ところが、最後の一文で世界はひっくりかえってしまった。
予想もしない結末という意味ではこの短編集でダントツ。
『しょっぱいBBQ』
少し変わってはいるが、純粋に幸せを願う家族が初めてのBBQをする。穏やかなひと時になるはずが、少女の遺体を見つけたことで、突如として家族は理不尽な恐怖に直面する。
これもファニーゲーム的展開になると思いきや、最後、「そんなのってあり…?」とげっそりするほど哀しい結末を迎える。
楽しい時間を過ごしたかっただけなのにね。
『れざれはおそろしい』
ひとりの教師のもとに一通の手紙が届く。そこには自殺をほのめかす内容が書かれていた。
業務日誌、議事録、メモ、手紙…さまざまなものを織り交ぜた形で最後まで展開し、暴力描写は一切ない。
何が待ち受けているのか、手紙を出したのは誰なのか…すべては無邪気にすら思える完全な「悪」の思うつぼだった。
『クレイジーハニー』
SFとブラックジョークとホラーが混在したような印象の小説。タッチがとても軽い。近未来を描いているようで不気味でもある。
『ダーウィンとべとなむの西瓜』
近代アメリカが舞台…と思いきや、思わぬところで日本人も絡んできた。
会社をクビになるのを避けるため死刑執行バイトを引き受けた貧しい主人公。家族を養っているがゆえのやむをえない判断だし、悪人ではないのでよけいにラストの絶望感は大きい。物語の最悪の結末は「死」だけではない。
『人間失格』
自殺しようとしている女にこれまた人生に絶望している男が声をかけ、救いの手をさしのべるというベタな展開が、終盤になって突然暗転する。
読後感がひどすぎて言葉を失ったが、タイトルを見て納得した。もともとそういう意図の小説なのね。
『虎の肉球は消音器』
若いころから仲の良い三人の男たち。貧しくても、ささやかな幸せを感じられる人生を送る…はずだった。
いちばん成功したと思われていた男には道半ばで夢が潰え、人生のものがなしさを感じさせる雰囲気が物語を覆う。
そしてもちろん、それだけではこの残酷な短編集を締めくくれない。苦労を乗り越え幸せの絶頂にあった男にも作者は容赦ない結末を用意している。
最後の二行の寂寥感が切なくも恐ろしい。タイトルが秀逸。
感想を書くのにも休憩がいるほどの短編集だった。
京極夏彦の『厭な小説』すら飛びぬけていった印象。間違いなく傑作だが、もう二度と読めないと思う。