ものを書く日々

ライターの若林理央(わかりお)です。書評・イベントレポ・スポット案内のブログ。エッセイ・コラムはnoteで更新中→note.mu/wakario

ほんわか、不条理、ミステリー…風味豊かなアンソロジー『患者の事情』

 もともとアンソロジーを選ぶつもりはなかった。

久坂部羊さんの医療ミステリーを久々に読みたくなり検索していた。すぐにだいたいの小説はもう読んでいることに気づいた。

まいっていたときに偶然出会ったのが集英社のアンソロジー『患者の事情』である。

作者は久坂部さんの他、筒井康隆三島由紀夫北杜夫遠藤周作など堂々たる顔ぶれが並ぶ。病気や患者にまつわる短編小説は風味豊かな小説ばかりでとても嬉しい偶然だった。

完成度も非常に高かったので一作ずつ紹介したい。

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山本文緒「彼女の冷蔵庫」

娘と十歳しか年の違わない35歳の継母が主人公。娘が骨折し入院したところから物語は始まる。二人の関係は冷ややかなものだったが、あることをきっかけに変化が訪れる。

娘の孤独感を理解できるのは恐らく主人公である継母だけだ、とすぐに読者は気づかされる。

全体を通しきれいごとは語られていない。それなのに心が暖かくなる、アンソロジーのはじまりにふさわしい短編だった。

 

筒井康隆「顔面崩壊」

山本さんのほんわかした小説の後に筒井小説を持ってくるあたりがこのアンソロジーの意地悪なところかも知れない。

読者は突如としてSFの世界に放り込まれる。前置きなくわけのわからない老人から宇宙にある他の星の話をされる。一歩間違えば顔面崩壊する恐れのある恐ろしい星。老人はどのように顔面が崩壊するかまでことこまかに語ってくれる。

ラストは不条理そのもので「筒井康隆だなあ」としみじみしてしまった。

 

椎名誠「パンツをはいたウルトラマン

筒井ワールドからやっとこさ抜け出し、気を取り直して読み進めようとしたら別の意味での不条理な世界が広がっていた。

副業でやっていたウルトラマンに扮するバイトで、衣装とお面がとれなくなってしまった主人公の物語。深刻なはずなのだが設定が設定なので焦る主人公はユーモラスに見える。

とはいえ結末までは予想が追いつかず驚いた。

 

北杜夫「買物」

精神疾患を扱った小説だが、世界観がどこかおかしい。読者が違和感を感じるのとほぼ同時に、患者よりもきわどい医者の異常性が描かれる。そして急に物語はSF風になり、患者と医者はタイム・マシンを使い過去へ行く。未来を変えることである野望を叶えようとするが、ふたりには思わぬ事態が待ち受けていた。

最後の患者の一言が衝撃的。

 

小松左京「くだんのはは」

戦時中の神戸。空襲で家が焼けてしまった少年は昔雇っていた女中が務める邸宅に預けられる。女主人がとりしきる邸で少年は恐ろしいものを目にする。時は巡り、少年は大人になるが…。

「くだん」とは何なのか、主人公を取り囲む世界は幻想なのか現実なのか。

気づいた時には薄暗い闇の中にいつしか放り込まれてしまっていた。

 

白石一郎「庖丁ざむらい」

ここからは時代劇ものが2作続く。1作目は食にこだわり自ら料理をする一風変わった武士の話。他の武士を招き入れ屋敷で食事をふりまったとき、食中毒が起こる。

全体を通して武士の痛快とも言えるほどのマイペースっぷりが描かれている。感じられる。人の幸不幸は客観的には判断できないものなのだなとつくづく思った。

白石さんの小説は初めて読んだが、他のも手にしてみたくなった。

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隆慶一郎「破行の剣」

時代もの2作目にして、この短編集で私がいちばん好きな小説だ。「庖丁ざむらい」と同じように主人公は武士だが、うってかわって雰囲気はシリアスになる。

時は戦国、将来有望な武士であった若き主人公は戦で満身創痍となる。不運は続き理不尽な目にも遭うが、主人公は決して短絡的に物事を解決しようとはしない。運命にも抗わない。

主人公の精神的な強さが心にしみわたる名作だった。

 

久坂部羊「シリコン」

生まれたときから不幸な目にばかり遭うヒロイン。それでも希望を失わず豊胸手術で人生を変えようとするが、まさかの手術失敗。ようやく自分を救ってくれる医師に出会えたと思いきや…。

久坂部さんの小説が読みたくて手にした短編集で、「シリコン」を読むのは二回目だった。何も悪いことをしていないヒロインを襲う運命には腹が立つが、読後感がさわやかなので何度でも読みたくなる。

 

・藤田宣水「特殊治療」

幻想的で不気味なホラー。患者を前に医師は研修医時代の話をし始める。人と話すのが苦手な医師は高嶺の花のような女医に恋をした。しかしその恋は思わぬ方向へ向かっていく。

とても恐ろしく途中で吐き気がしそうになる小説だが、「それはそれで幸せの一つの形なのかもな」と感じた。読む人によって悲劇にも喜劇にもなりそうな小説。

 

遠藤周作「共犯者」

夫にときめいたことが一度もないという主婦が主人公。胃の病気をした夫は入院し、ルックスの良い同僚が見舞いに来る。そこから主婦の歯車が狂い始める…と言うと昼ドラのような物語を予想してしまうが、作者が遠藤周作なのでもちろん陳腐な展開とは無縁である。

毒を残しつつも読後感はとても良い。

 

馳星周「長い夜」

日本で違法就労をしている東南アジア出身の売春婦が重い病気にかかった。その面倒をいやいやながらも見てしまう日本人女性が主人公。

これは長編小説の一つの章だったのだろうか。起こることがすべて唐突で正直ついていけなかった。著者は社会風刺をしたかったのかも知れない。

 

氷室冴子「病は気から」

ちょっとしたことで重い病気なのではないかと疑ってしまう心配性の主人公(恐らく著者)。他の短編とは異なりギャグテイストの自伝的小説だが、著者が亡くなった今読み返してみると複雑な気持ちになる。

 

三島由紀夫「怪物」

この短編集はどうやって小説の順序を決めたのだろうか。氷室冴子の軽いタッチの自伝的小説から、三島の重厚感のある世界へ急に突入する。

三島ファンなのでこの短編も再読。若い頃から残虐で自己中心的だった主人公が老人となり倒れ、意思表示もできない状態になり介護される。恐らく周囲の人々に悪意はない。だが、主人公の考えや希望は伝わらず、因果応報という言葉では言い切れないほどの辛い目に遭う。だが今まで彼の残虐っぷりがあまりにもひどいので読者はまったく同情できない。

「ほんとうに周囲の人たち、悪意がなかったのかな」

ふと疑問に感じ始めた終盤、突然物語は速度を増し唐突に幕がおりる。

読者の想像の余地を残す手腕は三島ならではの腕っぷし。さすがだ。

 

渡辺淳一「薔薇連想」

解説で最も絶賛されている小説。梅毒に冒された美しい女性が性行為によって周囲の男たちに感染させていく物語だが、ロマンチシズムと女性への幻想があまりにも強くてくらくらしてしまった。主人公に共感できないし「そうはならんだろ」とつっこんでしまうのは私がミレニアル世代の女性だからだろうか。

それにしても最後はやるせない。「なんでそうなんねん」と悲しい想いで本を閉じた。

 

 

人によってどの小説が好きか変わってくるのがアンソロジーの面白さ。「患者」というテーマでここまで風味の異なる短編小説が味わえるとは思っていなかった。

詠んだ人皆さんに、「あなたはどれが好みに合いましたか?」と聞いてみたい。