若林理央の書評

フリーライターの若林理央です。新刊を中心とした書評をしたためるブログです。エッセイはこちらから→note.mu/wakario

【候補作を全部読んでみた】どうなる2019年下半期の芥川賞 後編

 

【執筆/2020年1月5日】

 

第162回芥川賞候補作をすべて読んだ。

今回の候補作の著者に、出版業界に新たな風を吹き込む純文学作家はいるのだろうか。

後編では、乗代雄介「最高の任務」と古川真人「背高泡立草」の書評を書き、候補作5作を比較したうえで、受賞作を予想する。

 

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(作者名の五十音順、敬称略)

 

乗代雄介『最高の任務』(群像12月号)

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あらすじ

大学の卒業式後、「私」は家族旅行に連れ出される。両親も弟も、「私」に行き先を教えない。道中、彼女は亡くなった叔母とのハイキングを思い出す。

 

著者(乗代雄介)について

1986年生まれ。2015年、『十七八より』で第58回群像新人文学賞、2018年、『本物の読書家』で第40回野間文芸新人賞を受賞した。

 

心地よく主人公に憑依できる小説

著者の性別によって、小説の雰囲気は変わるという先入観を持っていた。

今回の芥川候補作もそうだ。木村・千葉・古川の小説は、作者を隠して読んでも男性が書いたものだとわかるし、高尾の小説は「女性の感性が表れている」と感じた。

 

私のそういった感想自体が時代錯誤であることを、乗代は『最高の任務』で示した。彼に、どうして青春期の女性の心情を丹念に描けるのか聞きたい。

 

自分の身に起こった出来事を、他人事のように受け止める主人公は大学を卒業したばかりの女性だ。就職先は決まっておらず、もともとは大学の卒業式にも出るつもりもなかった。

世間との折り合いをつけるのが苦手なタイプであることがわかる。

 電車で遭遇した痴漢に対しても、彼女は「隣人愛の視線を送った」。まるで他人事である。

 

そんな彼女の感覚が一変する出来事が、終盤に起こる。

 

読者は主人公の世界の中で心地よく泳ぐことができる。気づけば読者は、主人公に憑依している。性別も年齢も関係がない。

憑依した結果として、「最高の任務」が何かを知ったとき、読者は主人公と同じように心を揺さぶられるだろう。

 

芥川賞候補作として

間違いなく、芥川賞最有力候補だ。近年、大衆小説と純文学の境目があいまいになっている。もともと純文学は、娯楽性ではなく芸術性を重視している。『最高の任務』は、その「芸術性」と、現代小説に欠かせない「読みやすさ」を兼ねそろえている。

 

古川真人『背高泡立草』(すばる10月号)

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あらすじ

今や誰も使っていない納屋の草刈りに来た、親族。納屋周辺でいろいろな「もの」を見つける。「もの」の歴史、そして物語が紐解かれていく。

著者(古川真人)について

1988年生まれ。2016年、『縫わんばならん』で第48回新潮新人賞を受賞しデビュー。同作は第156回芥川賞候補にもなった。2017年、著作『四時過ぎの船』が三島由紀夫賞芥川賞両方にノミネートされ、2019年上半期、『ラッコの家』が再び芥川賞候補に。純文学系賞レースの常連である。

物語の広がりに気づけるかがポイント

「もの」から物語を紡ぎ出し、オムニバスのような仕上がりにしている。昔ながらの小説のフォーマットのようにも見えるが、意外に斬新な試みだと思う。

 

古川の著作の特徴は方言にある。古川自身も、芥川賞候補作に選ばれることを前提として執筆したはずだ。前作で、選考委員の数名が指摘していた方言の読みづらさは、ほぼ消えている。方言を用いることにより、読者は「舞台になっている納屋が都心ではなく、田舎にある」という実感がわく。

 

難点は、読み返さなければわからない点が多いことだ。

突然場面が切り替わり、時代背景や主人公が都度変化することによって、戸惑いを覚える読者もいるだろう。

最初に概要を読まなければ、それぞれの場面が納屋周辺の「もの」とつながっていることを意識しにくい。

 

逆に言えば難点はそれだけだった。構成力もあり、物語を締めくくるタイミングも心得ている。ベテラン作家に批評され続けた結果が表れているのだろう。

 

芥川賞候補作として

 

過去の古川の著作に対する芥川賞選考委員の講評を、ひととおり振り返ってみた。

 

目を奪われたのは、2017年上半期の、島田雅彦からの講評である。

「血縁関係の中にとどまらず、もっと空間的、時間的に大きな視野に立って、壮大な物語を紡いでもいいのではないか」

『背高泡立草』は、間違いなくこの島田の言葉を意識したうえで練られた物語だ。

 

講評を参考にしつつ小説を組み立てた古川が、芥川賞を受賞する可能性は高い。ただ、選考委員たちが古川の著作を読み慣れてしまったのも事実だ。

他の候補作より審査基準が自然と高くなることは避けられないだろう。

 

芥川賞ドリームは存在するのか

 

純文学小説が売れる時代はとうに終わった。大衆小説を審査する直木賞より辛い状況にあるのが、純文学小説を対象とした芥川賞である。

 

過去十年を振り返っても、実際に芥川賞受賞後、人気を博した作家は数えるほどしかいない。

それでも純文学作家は、わずかな可能性を求めて芥川賞を目指す。時には、自らの作風を犠牲にしても、選考委員の好みに合わせ小説を書く。

 

私の予想では、今回受賞するのは2作。

 

恐らく、乗代雄介「最高の任務」と古川真人「背高泡立草」である。候補作を全作読み、選考委員のこれまでの講評をざっと見返せば、予想できる結果だ。

 

ただ、純文学好きとしては、芥川賞によってチャンスを得て、将来的に出版業界を驚かせるほどの人気作を生み出す逸材が現れてほしい。名目としては、芥川賞は新人作家の著作に限定されているのだ。

 

この観点を採用すると、今までに著作が芥川賞候補作になったことのある作家は省きたい。

木村友祐「幼な子の聖戦」乗代雄介「最高の任務」のダブル受賞。芥川賞ドリームがあるなら、わたしはこの結果を期待している。

 

上記2作は、高尾・千葉の著作より、読み手を意識している。無駄のない構成は読みやすく、芥川賞の要である芸術性も感じられるのだ。

古川も完成度の高い小説を発表したが、ノミネートされるのが4回目となると、新鮮味に欠ける。

木村は2009年デビューで、新人と言えるのかは微妙なところだが、昨年山田詠美も評価したように実力者である。本作で芥川賞を受賞すれば、過去作品も注目され、人気作家への道を駆け上がる可能性は十分ある。

乗代の著作は、前述したように今回の候補作の中で飛びぬけている。芥川賞を受賞する確率は極めて高い。

 

1月15日の受賞作発表と選考委員の講評が、今から楽しみである。