映画と本と

フリーライターの若林理央です。ダ・ヴィンチニュースや好書好日で執筆中。小説や映画について語るブログです。エッセイ→note.mu/wakario Twitter→https://twitter.com/momojaponaise

名作スリラーをあえてコメディとして楽しんでみるー映画『死刑台のエレベーター』(1958)-

ヌーヴェルヴァーグ(意味はニューウェーブ、新しい波)の先駆けともなったフランスのスリラー映画。監督は当時26歳だった巨匠ルイ・マル。後に日本でもリメイクされた。

 

思いがけない展開と二転三転する結末、流血描写がまったくないのにどきどきが止まらないスリリングな展開…2020年に見ても衝撃を受ける。まぎれもない名作で、同じような映画はもう生まれないだろう。

 

主演はフランスを代表する女優のひとりジャンヌ・モローと、若い頃から渋いイケメン俳優モーリス・ロネ。このコンビは後に同監督の『鬼火』(1963年)でも共演する。

 

スリラー映画としての素晴らしさを綴りたかったのだが、あまりに有名な本作。他の映画評や映画ブログで既に分析されつくしていたので、私のブログではあえてこの映画の抜け道を案内したい。

 

そう、気づいてしまったのだ。

死刑台のエレベーター』はコメディとしても楽しめることを。

 

恐らくルイ・マル監督はこんなことは予想していなかっただろうし、既に観たことのある人は、「何言ってんだこいつ」と思いつつ読んでいただけたら嬉しい。

ちなみにネタバレしないとコメディ要素は解説できないので、結末部分だけ避けてネタバレありで解説する。

「先に観てしまいたい!」という人はサブスクやDVDなどで楽しんでから再訪してほしい。

 

 

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元大尉なのにおっちょこちょいなダークヒーロー

 

元大尉ジュリアン(モーリス・ロネ)は軍需によって利益を得ている会社に勤務し、社長夫人フロランス(ジャンヌ・モロー)と不倫している。

 

「社長を殺し二人で逃亡しよう」ということになり、社長の所持しているピストルをフロランスからもらい、ジュリアンは自分の仕事部屋の上の階にある社長室に向かって社長を撃ち殺す。ピストルをもらった理由は社長の死を自殺のように見せかけるためである。

 

電話番の社員の女性を残業させ、「自分の仕事部屋にいる」と告げてアリバイ作りをするのだが、社長殺害直後にこの社員の女性からジュリアンに社内電話がかかってくる。

 

あわてて社長室から部屋に戻るジュリアン。

 

…と、ここまでは昔のサスペンス映画らしいのだが、ジュリアンの社長室から自分の部屋へ戻る手段が大問題である。

彼はなんと社長室の窓からロープをたらし、そのロープをつたって下の階にある自分の部屋へ異動するのだ。

 

ちなみに、このビルは大通りに面している。

ロープで移動する男の姿は外から丸見えである。

 

直後あわてて社員からの電話をとり、アリバイは成立(?)。

帰宅しようとエレベーターで1階に降り、愛車のオープンカーに乗りビルを見上げる…と、そこにはしまい忘れたロープが!!

 

なんでや。なんでなんや。たぶんその時点で半分ぐらいの視聴者が「あれ?ロープ忘れてない?」と思っていたはずだ。

ジュリアンはあわててビルに戻りエレベーターに乗る。

ちなみに、ピストルと車のキーはオープンカーに置きっぱなしである。

大尉は軍隊ではかなり上の地位なのだが、戦時中よく出世できたなこの人、と思わせるおっちょこちょいっぷりである。

社長の帰宅を確認しない警備員

ジュリアンがエレベーターに乗っている最中に、警備員がそれに気づかずエレベーターを止め帰宅する。

これもつっこみたくなるが、1958年なので、もしかするとエレベーターが稼働しているか外から確認する方法はなかったのかも知れない。

ひとまずいいとして、問題は社長が社内にいることは少し考えればわかるのに、警備員が社長室を確認しないままエレベーターを止めることである。

ジュリアンもジュリアンで警備員に一声「忘れ物をした!」と声をかければこの事故は防げたのに、それをしない。

ジュリアンもおっちょこちょいだが警備員もおっちょこちょいである。

エレベーターに残されたジュリアンの姿は自業自得としか言いようがない。時代が時代なので、エレベーターの中には非常時の通報装置も携帯電話もない。

どうするジュリアン…!という感じなのだが、ここでモーリス・ロネの演技力とイケメンらしさに拍車がかかる。

パニックにならず、冷静に脱出方法を考えるのである。

『鬼火』でも思ったが、モーリス・ロネは自分ひとりしかいない場面で、より俳優としての才能が光る人だ。

アホカップルが運命を変える

 ジュリアンがそのままにしていったオープンカーに乗り込む若い男がいた。名前はルイ、この映画きってのダメ男である。

ルイの彼女は花屋で働くベロニクという少女。この映画きってのだめんずである。彼女はあわててルイを止めようとする。

扮するのはジョルジュ・ブージュリイとヨリ・ベルタンという若い役者だが、重要な役なのに存在感が薄い。モーリス・ロネジャンヌ・モローを際立たせるための配役だったのだろうか。

 

結局ルイはジュリアンの車で夜の街を走り出し、休日を楽しもうとする。ベロニクもあわてて同乗し、高級車での走行を楽しむ。

ここで序盤以降初めてヒロインの社長夫人フロランスが登場。夫を殺害した後、ジュリアンとカフェで待ち合わせる約束をしていたのだ。

しかしジュリアンが来ない。不安な表情で待ち続けるが、やがてカフェの外でジュリアンの車が走り去っていくのが見える。

車の窓から身を乗り出しはしゃぐベロニクを見つけたフロランスは、「ジュリアンは夫を殺さず浮気した!」と思い込む。

そして悲しい表情で夜の街をさ迷う。

不倫相手を深夜に探し回る人妻

この映画のキャストで最初に名前が出るのは、ジュリアン役のモーリス・ロネではなくフロランス役のジャンヌ・モローだ。

ジュリアン、ルイ、ベロニクはかなり体当たりの演技をするのだが、フロランスはもはや大女優ジャンヌ・モローを堪能するための被り物のような存在だ。

ジュリアンの行きつけのバーや知り合いに「ジュリアンはどこ?」と声をかけ続ける。

時間は深夜、フロランスは人妻である。思い切りあやしい。

ちなみにこの映画ではフロランスとジュリアンが不倫した経緯は一切描かれない。フロランスが一心不乱になってジュリアンを探すほど焦がれている理由もわからないのだが、ジュリアン役のモーリス・ロネがとても魅力的なので、私たちは納得しだんだんとフロランスが可哀想になる。

ともあれ、「ジュリアンは?」と声をかけられた人々は不審そうにフロランスを見る。

フロランスもジュリアンと同様に、計画殺人犯らしくないほどおっちょこちょいだ。

 

車をぶつけられたのにご満悦な謎のドイツ人夫婦

さて、ジュリアンの車を盗み夜の高速道路を突っ走るアホカップル、ルイとベロニク。週末ずっと車を使い続けるつもりのようだ。

ルイはとことんクズ男だった。盗んだ車で駆け抜けたあげく煽り運転をし、とうとう他の車に衝突する。

ぶつけられた車から出てきたのは笑顔のドイツ人夫婦。年齢は50歳くらいで裕福そうだ。なぜか全然怒っていない。そのうえ、パーキングエリアのような場所にあるホテルに泊まらないかとルイとベロニクを誘う。

ホラー映画でルイとベロニクが主役なら、ここで豹変したドイツ人夫婦による恐怖の一夜が繰り広げられるはずだが、この映画はホラーではなくルイ&ベロニクも主役ではない。ドイツ人夫婦は本当に怒っていなかった。なんでや。

 

夫婦は夕食にルイとベロニクを招待し、楽しいひと時を過ごす。夫婦の夫は「私はスポーツマンが好きなんだ」とまで言う。

ルイはただの性格の悪いチンピラだし、煽り運転したあげく人に迷惑をかける奴はスポーツマンじゃないと思うのだけど…という映画公開62年後の視聴者である私のツッコミを無視し物語は進む。

結局のところルイはどこまでもクズであり、翌朝恩を仇で返すようなことをしでかす。最終的にそれがルイの盗んだ車の持ち主であるジュリアン、そして愛人のフロランスの運命も狂わせていく。

忘れ去られたロープ

エレベーターから脱出しようとするジュリアン、ドイツ人夫婦殺人事件の犯人としてジュリアンを通報しながらもやがて真犯人を知りジュリアンを救うため奔走するフロランスと、終盤にかけてスリリングな展開を見せていく。

 

ちなみにジュリアンがエレベーターに閉じ込められた原因を作ったロープは、知らないうちに上階から地上に落ち、通りすがりの子どもが持って帰ってしまう。

その後、ロープのことは誰にも言及されずジュリアン本人ですら忘れている。

「どういうこっちゃい」とここでもツッコミ不可避だ。ジュリアンはエレベーターというよりロープのせいで運命を狂わされたのではないか。

そうなると『ロープの死刑台』という絞首刑を連想させる邦題になったはずなので、エレベーターに主題を変えたのかも知れない。私の想像に過ぎないが。

 

多才なルイ・マル監督の世界

 

全盛期のジャンヌ・モローのアップで始まり、アップで終わる『死刑台のエレベーター』。

スリラー映画、サスペンス映画、そしてこれは監督も予期していなかったと思うがコメディ映画としての要素も詰まった作品だ。邦題がネタバレしているようでしていないのも絶妙である。

 

ルイ・マルはこの後、コメディ『地下鉄のサジ』、精神を患った男が自殺するまでの48時間を描いた『鬼火』、ナチスドイツ占領下のフランスの寄宿学校を舞台にした『さよなら子どもたち』など数々のヒット作を生み出す。

ジャンルが違うようでいて、現代人が見ても真新しさを感じるのはこの監督の作品すべてに共通している。

 

余談だが、フランスの死刑制度は『死刑台のエレベーター』の約20年後、1981年に廃止されている。フランス革命以降、制度廃止まで処刑にはギロチンが使用された。