文は人なり

フリーライターの若林理央です。ダ・ヴィンチニュースや好書好日で執筆中。小説や映画について語るブログです。エッセイ→note.mu/wakario Twitter→https://twitter.com/momojaponaise

侍の価値観と残される女たち 異能の漫画家つげ義春の時代ものを読む

時代によって人の価値観はどんどんと変わる。それを無視して、歴史上の人物に現代的な感覚を与えてしまうと、彼らにリアリティはなくなる。

ただ今を生きる人たちとの共通点もある。家族を思う心、理不尽なことに対する憎しみ。これは昔も今も変わらない。

シュールな作風で有名な漫画家つげ義春さんは『ねじ式』『李さん一家』などの代表作の他に、時代ものを描いた。

漫画家としての活動を辞めた今もなお、多くの読者の心をとらえ続けているつげさん。有名な漫画だけではなく歴史ものもぜひ手に取ってみてほしい。

 

現在は中古品しかなかなか手に入らない『つげ義春全集3』に掲載された、60年代のつげ義春の時代ものを紹介したい。

 

 

 

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「盲刀」

 

1960年7月発表。

宮本武蔵と対決した佐々木小次郎は盲目だったという説をもとにした物語であり、視点が武蔵ではなく小次郎なのも興味深い。

物語の後、主人公の小次郎が迎えるのは死だとわかった状態で、多くの読者が読み続ける。

決して長い物語ではない。

武蔵との対決の直前で筆は置かれている。その後の展開が、つげ義春の画風で想像でき脳がふくらんでいくようだった。

この物語のヒロインは、大きな瞳の小次郎の妻お悠だ。

現代的な美貌と従順な性格を併せ持ち、ささやかでもいいから小次郎と幸せな暮らしを送ることを願っている。

時代ものらしいヒロインで、読み終えてから、彼女はどうやって不幸をうけとめその後の人生を送っていくのかについて考えさせられた。

 

「鬼面石」

 

1960年11月発表。

醜いという一点だけで不幸が重なっていく男・十万の物語で、不条理な展開はつげ義春さんの現代ものと近い。

悲惨な目にたくさん遭うのに、ぎりぎりのところで助かるキャラクターは、つげさん以外の作者が表現すれば、生き続けるか最終的には幸せな結末を迎えるだろう。

本作は、そんな21世紀の漫画に親しんできた読者の予想を見事に裏切る。

彼に食べ物を与えやさしく接しながらも、最後は拒み、主君の妾になって命じられるがまま十万を踏みつけるお千代は「偽善」そのものの存在で、最初から十万に酷くあたる男たちより残酷だ。

最後のページは、とてつもなく絶望的なのに、醜い男の人生が美しく昇華した瞬間でもあるように思えた。

 

「落武者」

 

1961年2月発表。

前述したように、戦国の世に生きる人の価値観は侍も庶民も、現代人とはまったく異なる。その当然の事実を、全編を通してつきつけられる。

戦闘で生き残った主君と下僕の間にあるのは友情ではない。

命が危うくても武士になりたいと願う下僕の野心だ。

命をかけて主君に忠義を果たし、士分(武士の身分)に取り立てられることがどれほど魅力的なのかは、今を生きる私たちは想像しきれない。

しかし結末はつげ作品としては珍しく少し希望が感じられた。

あの後、たとえ道の途中で二人が息だえたとしても、登場人物全員の心に後悔はなかったと思いたい。

 

「忍びの城」

 

1963年12月発表。

つげさんの時代ものでも一、二を争う力作だろう。

序盤の主人公と家族の幸せな姿をずっと心に留めながら読み続けることで、終盤の主人公の表情の変化がより痛ましく心に突き刺さってくる。

主君とそっくりであることから、影武者にされる主人公・左京。「死んだことにはするが、妻子には豊かな暮らしをさせる」と上司は約束する。

時が経ってから「そんなわけない」と主人公自らが気づくくだりは秀逸だった。物語が大きく展開する転換点にもなっている。

真実を知らないまま生き続けたほうが幸せなこともある。

だが、反対に誤解されたまま死んだ人はどうだったのだろうか。家族で幸せになる可能性が生まれた直後に、それが永遠に絶たれてしまったのだ。

意識して視点を切り替え、読み返したくなる漫画だ。

 

 

「一刀両断」

 

1965年2月発表。

「忍びの城」との共通点は「酷似している赤の他人が思わぬ展開を招く」ということだと思う。個人的な感想としては本書でもっとも難解だった。

ただ漫画を読みながら脳をめまぐるしく使うのは快感である。

復讐が描かれているが、最大のテーマはそれではない。

愛する男に死なれた女お勢が、あることをきっかけに男のことをさっぱり忘れる終盤が痛快である。

彼女は男の位牌を持って行くのを忘れる。そして忘れたことにも気づかない。

この描写は時代ものだからこそできることだ。

最初に紹介した「盲刀」のヒロインお悠も、もしかすると夫が死んだ後、お勢と同じような生き方をしたのかもしれない。

 

作品群を振り返って、つげ義春さんの時代もので女性が死ぬことがあまりないことに気づく。

つげさん自身が、戦国の世や江戸時代を生き抜いた女たちに底知れないものを感じていたのではないだろうか。だからこそ愛する男を失った彼女たちを残し物語を終わらせたのかもしれない。

「全集」は絶版のようだが、「つげ義春大全」は今も販売されている。

読みながら、焦点をあてる箇所が人によって異なるのもつげ作品の魅力だ。その魅力が大きく打ち出された漫画たちでもあった。